tomo1961’s blog

-55を過ぎてギターを始めた男が早期退職した後の顛末'ing-

「効率」と「手抜き」は紙一重 [No.2021-111]

 

仕事をする上で、特にマネージャーや管理者は「効率」というものを重要視しなければならない。”そういう宿命だ”とされているからだ。

 

何故か?

 

なぜならば、「企業は営利を目的とした組織」という事に、”世間一般”的に、そうなっている

 

そうなっているという点で、それは事実では、ある。

 

しかし、「企業は営利を目的とした組織」というコレは間違っている

 

そう、間違っているのだ。

 

私自身「企業は営利を目的とした組織」である、と、そう盲信していた事はあった。

 

ドラッカーの「マネジメント」を読むまではね。

 

でも、40歳の頃に、この本を読んでから、それまで悶々としていたことがスッキリした。

 

マネジメント[エッセンシャル版]
 

 

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話は随分寄り道をするのだが、何故この本に辿り着いたのかは、私の場合は普通の人とは随分違うだろう。

 

当時私はセブ工場の技術部門のマネージャーとして駐在していた。

 

職場柄、私の直属の部下だった現地採用のフィリピン人リーダー達は、日本で言えば京都大学とか東北大学のような、”東大の下だが理系としては最上位クラス”の、サンカルロス大学(University of San Carlos)かサンノゼUniversity of San Jose-Recoletos)がほとんどで、超エリート達だ。

 

日本でもそうだが、本当の「超」がつくエリートだから、彼らは単に優秀というなだけでなく、若いのに人柄も穏やかで堂々としていて、下の者たちにもやさしく、彼らのおかげでどれほど助かったかわからない。

 

フィリピンの近代文化は、その殆どがアメリカから来ている。

 

近代の歴史で言えばスペインの支配が長く、一次独立するがその後アメリカによる統治を受け、大東亜戦争を期に日本によって開放独立となり、日本の敗戦後一時的に米による再統治を受けるが翌年には実質的にも独立を得る。

 

日本もそうだが、その国の文化というのは最後に統治していた国からの影響が強く残るから、フィリピンは経済、産業、医療のその殆どを、強くアメリカの影響を受けているというわけ。

 

そういう関係で、フィリピンのエリートさん達は大学でアメリカの教材を使ってアメリカンスタイルの教育を受けていて、彼らは私と仕事の話しをする時に、度々このドラッカーの「マネジメント」から引用をするので、自分でも読まざるを得なくなったというわけ。

 

そもそも私は駐在するまでは生粋の技術屋(今風に言うとエンジニア)であり、マネージャーではなかったから、マネジメントにも全然興味はなかったのだ。

 

ここで話を戻す。

 

「マネジメント」の14ページ、第一章の冒頭項「2 企業とは何か」の最初のセクションにこうある。

 

「企業=営利組織ではない」

 

そう、私達の殆どが「企業は営利を目的としている」と思っているが、ドラッカーはそれは違うと定義している。

 

では企業の目的とはなにか?

 

もちろんそれは、その企業によって異なるが、例えば医療機器製造メーカーならその目的は例えば、「医療現場の問題解決」や「患者の苦痛緩和」のような事になるだろう。

 

そして、企業は永続しなければその目的を達成し続けることが出来ないから、

 

手段として営利を求め続ける(求め続けざるを得ない)」

 

という事なのだ。

 

だから、マネージャーや管理者は「効率」というものを重要視しなければならない。が、しかし「効率」を「最重要」としてはいけない、という事になる。

 

「最重要」とすべきはその企業の目的であり、その目的を達成するためのその職場の存在意義こそが「最重要」とされるべきだ。

 

例えば、在籍中私がもう品質保証部に移ってからこういう事があった。

 

技術部門で、

 

業務効率を上げるために、

”工程設計”と

”日常業務(不具合対応を含む)”を

担当を分けてそれぞれサブチーム化するので、

今後は”工程設計”者には雑務を依頼しないで下さい」

 

確かに工程設計者達の作業効率は上がるだろう。

しかしそれでは、生産に関わる日常業務に携わらなくなり、ノウハウが得られず正しいアウトプットは残せなくなるだろう。

 

そして実際、その変更後に開発された新製品から続々と工程不具合や重大品質不具合が発生し、それまでなかったような”客先でユニット同士が組み付かない”というような、いわゆるアレなレベルの不具合まで多発してしまったのだ。

 

最終的に良い品質を作り込むべき工程設計の「手抜き」に走ったのだ。 

 

品質保証にはもっとひどい例があった。

 

私がセブ島駐在から戻り、製品の品質保証職場のリーダーになったその初日だ。

庶務担当から、

 

「tomoさん、印鑑を5つ用意しましたので、残り4つはそれぞれ配っておきましたから承知しておいて下さい」

 

というのだ。

 

なんだその4つというのは?

 

聞くと、出荷検査が大きく4つに分かれていて、出荷承認印はそれぞれの担当者が代理で押印している、という。

 

そんなの違反行為だろう?責任者が承認するのに、その承認者の目を通らずに出荷してしまっているというのだ?

 

更に聞くとこれは十数年前の”改善”以来続けられているという。びっくりというか卒倒しそうになった。

 

私はその場で即その ”改善” を廃止し、自ら確認し承認することにしたのは言うまでもないが、その時に周りからは「リーダーがそんな事に時間をかけるのはムダ」というような意見をされたのだから、二度びっくりだった。

 

出荷承認は製品品質保証職場の責任者の仕事だし、実際その承認時に出荷を停めざるを得なかったことも一度や二度ではなかったから、もちろん私は現実の結果としても正しかったのだが。

 

どちらの例も 「効率」を上げているつもりで、それもその彼らの善意、正義で、その組織や機能の「目的」を忘れてしまい、組織的に「手抜き」を行う仕組みを作って運用していたという事になる。

 

担当者がこういった愚かな発想を持ってしまうのは仕方ない時がある(人によってもあるし)が、マネージャーや管理者は、自分自身の中に常識的な正義を持つ事が大切だ。

 

そして、正しく最終判断をしてゆかねばならない。

 

判断、決断を行う事がマネージャー/管理者の存在そのものなのだから。




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今日の一曲
「夏になって歌え」Little Glee Monster

夏になって歌え

夏になって歌え

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