最近の私のブログを振り返ってみると、SNSのトレンドやニュース記事から着想を得た話題が続いていました。なぜかと言えば、お恥ずかしい話ですが、ブログに書けるような「自分自身の旬なトピック」が少し枯渇気味なのです。
しかし、それは決して何もしていないからではありません。むしろその逆で、ある一つのことに没頭しすぎて、他のことに全く手が回っていないというのが正直なところです。
その「没頭」の正体は、数ヶ月前から取り組んでいる1978年製バイクのレストア作業。
車種はホンダTL125Sバイアルスで、40年ほど前まで自分が乗っていたそのものです。
退職したらレストアしてこれを乗り回そう!と何十年も前から計画していたのです。

作業の経過は自分の備忘録として週に一度noteに詳しく記録してはいるのですが、今は生活のすべてが「こいつ」に支配されています。
気がつけば「室内ガレージ」状態
さて、現在の我が家の2階の一室(元子供達の部屋)の惨状がこちらです。

この部屋は今や完全に「バイクのAssy(アッセンブリー)保管場所」と化してしまいました。
昨年の11月からすべてのパーツをバラバラに分解し、一つずつ丁寧にクリーニングとチェックを行った上で、修正が必要なら手を加え、塗装部品は再塗装し、ダメな部品は代替品を探すという地道な作業。
うちにはガレージがないので、どうしてもこうなってしまうのです。
驚くべきはホンダのパーツ供給体制で、50年近く前の車体であっても、消耗品を中心に今でも手に入る部品があるのには頭が下がります。
増え続けるパーツと、戻せないジレンマ
40年前に分解したあと床下に保管していたのですが、一つ一つ再生して組み上がったものを、再び暗い床下へ戻すのはなんとも忍びないものです。
「せっかく綺麗になったのだから」と部屋に並べていくうちに、ホイール、フレーム、フロントフォーク……と、次第にバイクの構成要素が部屋を占拠し始めました。
床に広がるパーツ群を見つめていると、かつて現役で走っていた頃の息吹が少しずつ戻ってくるような感覚があり、ついうっとりと眺めてしまいます。
しかし、客観的に見れば「部屋の中に大きな鉄の塊が散乱している」という、実にまずい状態であることは間違いありませんし、家族にとっては文字取り「ただの鉄くず」なのですよね。
家族の黙認と、自立へのカウントダウン
この「室内ガレージ化」に対し、家族が何も言わないわけではありません。今のところは、暗黙の納得のもとに沈黙を保ってくれているのだと思われます(もちろんそんな恐ろしい質問をしてみたことはありません)。
それは、
「サスペンションとタイヤを取り付け、車体として自立できるようになったら外に出てゆく」
という事。
地面に立って転がせるようになれば、ようやく外に出てゆくことができます。つまり、今のこのカオスな状況は、レストアが着実に進んでいる証拠でもあるわけです。
家族の忍耐が限界を迎えるのが先か、この僕の愛車が大地に立つのが先か。
まさに時間との戦いですが、この「不便だけれど充実した時間」も、レストアの醍醐味と言えるのかもしれません。
完成への道筋
バイクを組み立てるということは、単に形を戻すだけでなく、当時の設計思想をなぞる作業でもあって楽しいのです。そして部屋が狭くなるに合わせて、私の頭の中では完成したバイクで走るイメージは膨らむ一方です。
早く外に出してあげたいという気持ちと、いつまでもこの綺麗なパーツを眺めていたいという矛盾した気持ち。そんな葛藤を抱えつつ、今日も朝から作業に取り掛かります。








