
昨日は、まもなく92歳になる母の入院検査前の、最後となる診察に付き添ってきました。4年前の手術からずっとお世話になっている担当の先生に現在の状態を診てもらい、これからの手術やその後の流れについて詳しくお話を伺うためです。
先生の言葉の端々に感じるもの
診察では、今回の手術だけでなく、癌と確定した場合に術後に予定される放射線治療や、抗がん剤のお話にまで踏み込んで丁寧に説明してくださいました。
ただ、そのあまりにも具体的で突っ込んだ説明のトーンや、大学病院内で先生たちが症例ごとに話し合いをする”カンファレンス”での生々しい論議のお話などから、私には、先生ご自身の中では、今回の「疑い」がある部位について、やはり癌(鼻腔内悪性黒色腫)の再発・転移であろうと、ほぼ確信を持っていらっしゃるのだろうな、と感じました。
言葉を濁さず先々のことまで見据えて話してくれるのはありがたい反面、現実の厳しさを改めて突きつけられたような気持ちにもなります。
4年前とは変わってしまった医療環境
母は4年前に最初の手術を受けた後、4ヶ月ほど陽子線治療を行いました。
その時は幸運なことに、松本市にある相澤病院に陽子線治療センターがあり、伊那市から週2回の通いで治療を受けることができました。
しかし、その相澤病院のセンターは今年の3月末で休止となってしまった。
先生の説明では、手術検査の結果もし今回も陽子線治療が必要になった場合は、今度は群馬県の前橋市にある施設か、あるいは東京方面(鎌倉市,横浜市などにある総合病院)まで行かなければならないのだそうです。甲信越エリアで通える場所がなくなってしまったのは、地域医療の現実とはいえ、大打撃です。
「通い」か、それとも「入院」か
信大病院や相澤病院であれば、高速道路を使えば片道1時間ほど。今は中央道の岡谷ジャンクション付近で長期の工事が行われていて上り線が渋滞するため、帰りは一般道をトコトコ走るのですが、それでも1時間半あれば帰ってこられます。
これが前橋市や鎌倉市となると、どちらも片道で3時間、あるいはそれ以上かかってしまう計算です。さすがにこれだけの距離になると、以前のように自宅から「通いで治療」というのは体力的にもスケジュール的にも厳しいと言わざるを得ません。
そうなると、治療期間中は現地で入院してもらうしかないのかな……など、次から次へと先の心配が頭をよぎってしまいます。
まずは目の前の第一歩から
遠方への移動や入院の手続きなど、いろいろと考え込んでしまうことが出てきました。
ですが、まだ確定診断が出たわけではありません。あれこれ先走って不安を膨らませるよりも、まずは来週に控えている入院検査手術、そしてその結果を冷静に待つしかないな、と自分に言い聞かせています。
一つひとつ、目の前のできることから落ち着いて向き合っていくしかないですね。