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介護の経過 その18 療養病棟に入り家族介護は終了へ [No.2021-care-018]

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10月の半ばに以下の記事を書いて以来ブログの更新ができていなかった。
理由は大きく二つで、父の事と自分の通信教育の為。

tomo1961.hateblo.jp

 

父は、この記事を書いた日の午後、施設で意識がなくなり救急車で病院に運ばれ、再び入院となってしまった。

 

もともと今度は家に戻ってこられるハズだったから、母の落胆はこの時点ですでに相当大きかった。


その日には、”でもまだ家に戻れる可能性がなくなったわけではなく、早めに誤嚥の検査をやってみましょう、良ければ口から食べる練習をして、食べられるようになれば家に戻れますね”という説明を受けた。

 

ショックを受けた母だったが、まだいつか父は家に帰ってくる、と信じていたようだった。

 

そしてその前提で、車椅子が使えるように家の玄関にスロープの工事をしたいから、と建築業の私の悪友に電話したり、むしろ嬉しそうにイソイソしていたのだが。


1週間後、先生から説明があり”誤嚥が常態化してしまっていて、食べたものが肺に入っていってしまうが、本人にその自覚がなく自分の口で食事をするのは無理だ”とのこと。

 

そして、”胸のところにカテーテルをつけて栄養を入れるようにして、その後は療養病棟のほうに移動します”という説明だった。

 

それは「中心静脈輸液(IVH:IntraVenous Hyperalimentation)」の処置を行うという事だった。

 

私自身は、これまでの状況から類推して、そろそろこうなってしまうのかも?と薄々感じてはいたが、母にとってIVHの処置になったこと、療養病棟に移動することは青天の霹靂だったらしく、その落胆具合は慰めしようもないほどで、泣き続ける母を見ているのは、私も妻もそれの方がつらかった。

 

コロナ対応のため、まだ近い家族の面会も週1回に制限されている。

 

そして、その1週間後久しぶりに行って会ってみると、栄養が十分に得られるようになったおかげか、随分元気になっていて、話すこともかなりわかり、頭も正常になっているようで、もともと声帯が悪いので聞きにくいが、眼力も戻っていて受け答えもはっきりしていた。

 

母が何が食べたいか聞くと「今までいろいろ食ったからもう未練はないな」と、現実を受け止めて腹をくくった姿を見せていた。

 

そして、IVHになってしまった事で、家族介護としてはこれでほぼ確実に終わり、という事になった。

 

もともと、辛くも楽しく家族で介護して、それを面白おかしく記事にしてゆこうと思っていたのだが、家に戻ってこられないという状況になってしまい寂しいし、残念でならない。

 

その後、介護施設の解約、レンタルで借りていた手すりなどを返却し、スロープ工事は中止し、頼んであった見積もりも中止してもらった(幼馴染のため、それまでの見積もり作業費は無料で良いことになった)。

 

同じ時期、来年の国家試験に向けた通信教育が、7科目の内の「科目2」に入り、馴染みのない会計の学習となり毎日少しづつ遅れてきていて、10月の最終週にはとうとう丸1週間遅れとなってしまい、今は早朝も夜も教科書とにらめっこせざるを得ない始末となっている。

 

この試験関係の話題はまた別の記事でシリーズ化したいと思う。

 

そういう事で、この「介護の経過」シリーズは、おそらくこれにて終了となる。


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