
今朝、流れてきたニュースを見て本当に良かったな、と思いました。
米国とイランが2週間の停戦に合意した、というニュースです。
一方で昨日は「またか……」と溜息をつくようなニュースが流れていました。
世界のエネルギー輸送の要所であるホルムズ海峡。その安全を守ろうという提案すら、特定の国の「拒否権」によってストップしてしまう。この現状を見ていると、今の「国際連合(国連)」という組織がいかに無力で、形骸化してしまっているかを痛感せざるを得ません。
今日は、なぜ国連がここまで「決められない組織」になってしまったのか、その正体について少し深掘りしてみようと思います。
「国際連合」という名の誤解
そもそも、私たちは当たり前のように「国際連合」と呼んでいますが、英語の正式名称は "United Nations" ですよね。 これを直訳すれば「連合した国々」、もっと踏み込んで言えば、第二次世界大戦における「連合国」そのものを指します。
日本で「国際連合」と訳されたのは、かつて戦前に別の組織として存在した「国際連盟(League of Nations)」の流れを汲む平和な組織であってほしいという、当時の淡い期待が込められていたのかもしれません。しかし、実態はもっとドライなものです。
国連は、端的に言えば第二次世界大戦の「戦勝国クラブ」としてスタートしました。
表向きは「二度と大きな戦争を起こさないように」という理念ですが、その裏側には「戦勝国がルールを決めて世界を管理する」という強力なパワーゲームの仕組みが組み込まれていたわけです。
「戦勝国クラブ」の歪んだパワーバランス
国連の最高意思決定機関である安全保障理事会(安保理)。ここで絶対的な権限を持っているのが、常任理事国である、
・アメリカ
・イギリス
・フランス
・ロシア
・中国
の5カ国です。
この5カ国は、他の全加盟国が賛成しても、たった1国で反対すれば決議を無効にできる
「拒否権」
を持っています。
戦後、ソ連(現在のロシア)や中国は、自由主義・資本主義陣営と激しく対立する独裁的な色を強めていきました。しかし、彼らは「戦勝国クラブ」の特権を手放しませんでした。
この「戦勝国」という看板を巡る歴史もなかなか複雑です。 例えば中国の場合、もともと戦勝国として席を持っていたのは今の台湾(中華民国)でした。アメリカとともに戦ったのは彼らだったからです。しかし、戦後の権力争いと激しいロビー活動の末、1971年に中国共産党(中華人民共和国)がその座を奪い取り、台湾を国連から締め出してしまいました。
これこそが、国連が「正義」ではなく「政治的取引」の場であることを象徴する出来事だったと言えるでしょう。
敗戦国の立ち位置と「死に体」の安保理
私たち日本やドイツのような敗戦国、あるいは戦後に独立した多くの国々は、自国の安全保障や国際社会での発言力を得るために、後からこのクラブに入会させてもらいました。
しかし、後から入ったメンバーがどれだけ声を上げても、結局は「オリジナル・メンバー(戦勝5カ国)」の利害が一致しない限り、大きな決定は下せません。今回のホルムズ海峡の決議案が否決されたのも、中ロにとっては、欧米主導の安全保障枠組みが強化されることが面白くなかった……という、極めて身勝手な理由が透けて見えます。
世界平和のための組織と言いつつ、中身は80年前の戦勝国同士がいまだに内輪揉めを続けている。これでは「無意味だ」と批判されるのも当然だと思われます。
まとめ:21世紀の国際社会に国連は必要か?
現在の国連は、先の大戦直後の古い秩序を無理やり現代に当てはめようとして、あちこちでガタが来ている状態です。
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「連合国(United Nations)」という戦勝国の枠組みが今も続いている。
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拒否権という特権が、国際的な安全保障の足を引っ張っている。
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独裁国家や覇権主義国家が「常任理事国」に居座り続けている。
こうした構造的な欠陥を抱えたまま、果たして21世紀の複雑な紛争や危機を解決できるのでしょうか。
国際法についても決定的な安定を促す効果がないことは以前のブログに書きました。
もちろん、人道支援や文化交流など、国連が果たしている役割がゼロだとは思いません。しかし、安全保障という最も重要な機能において、ここまで無力化が露呈してしまった以上、そろそろ「戦勝国クラブ」ではない、新しい国際秩序の形を模索すべき時期に来ているのではないかと思ってしまいますよね。
さて、そして今日、実際にはどうなったか?
国連は何もできなかったが、米国とイランが合意し船は通行できるようになりそうですね。
私達もこの「決められない国連」の姿を正しく知っていることが必要ではないでしょうか?